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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)10663号 判決 1983年9月30日

原告 株式会社 観光事業社

右代表者代表取締役 多田三郎

右訴訟代理人弁護士 香川一雄

被告 観光文化興業株式会社

右代表者代表取締役 大末陽治

右訴訟代理人弁護士 末政憲一

同 叶幸夫

同 佐藤恭一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、昭和五五年九月一日から右明渡ずみまで一か月金一九三万八一〇九円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三一年四月一日、株式会社国際観光会館から、その所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を含む建物部分を、期間一年(ただし、自動的に更新する。)、賃料一か月三〇万七二九〇円(昭和五七年四月一日以降の賃料は一か月一三六万九八五五円)の約定で賃借した。

2  被告は、昭和五五年八月二七日、原告に対し、本件建物につき賃借権を有する旨主張し、同日以降本件建物を占有している。

3  被告の右占有により、原告は一か月一九三万八一〇九円を下らない損害を被っている。

4  よって、原告は、被告に対し、本件建物の賃借権に基づき、本件建物の明渡及び昭和五五年九月一日から右明渡ずみまで一か月一九三万八一〇九円の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が本件建物の占有を始めた日については否認し、その余は認める。

3  同3は争う。

三  抗弁

1  賃貸借契約の存在

(一) 訴外大末陽治(以下「大末」という。)は、昭和四六年九月一日、原告との間において、次の内容の契約を締結した。

(1) 原告は、本件建物における映画館の経営及びその附帯事業を大末に委託する。

(2) 契約期間は、一年間とする。

(3) 原告は、一か月の売上総額から入場税及び原告の取得額である八〇万円を差し引いた額を委託料として大末に支払う。

(4) 大末は、毎日の売上金を原告の銀行預金口座に振り込む。

(5) 原告は、室料・公租公課・火災保険料・定期の組合費を負担し、大末はガス・水道・電気・冷暖房費・電話料・補修費・消耗品費・フィルム代・広告宣伝費・人件費を負担する。

(6) 大末は、契約期間中、一〇〇万円を原告に差し入れる。

(二) 大末と原告は、昭和四七年八月一〇日、右契約につき、原告の取得額を一か月八五万円として、同年九月一日から一年間更新することを合意した。

(三) 原告と被告は、昭和四七年一二月一八日、右契約の受託者を被告に変更することを合意した。

(四) 原告と被告は、右契約につき、昭和四八年九月一日から一年間、原告の取得額を一か月一〇〇万円とし、昭和四九年九月一日から三年間、原告の取得額を一か月一二〇万円とし、昭和五二年九月一日から三年間、原告の取得額を一か月一四一万円として、それぞれ更新することを合意した。

(五) 右各契約(以下「本件各契約」という。)は、名目上、営業委託契約とされているが、その実体は、本件建物の賃貸借契約である。すなわち、本件建物は映画館として独立した一区画をなしており、原告に営業場所の移動を命ずる権利が留保されていないなど建物の独立性・固定性は極めて強く、また、被告は、映画館営業を、被告の営業方針に基づき、被告の雇傭した従業員を使用して、被告の費用負担において行ってきたなど営業の独立性も高く、さらに、契約上の原告の取得金額は定額であり、原告は営業による損失の危険を全く負担していない。

したがって、被告は映画館の営業を目的とする本件建物の賃借権を有しており、右賃借権は、借家法の適用により、前記期間満了にあたり法定更新された。

2  仮に、本件各契約が映画館営業の委任契約又は営業の賃貸借契約であるとしても、映画館営業のために本件建物を使用収益することを目的としているものであるから、営業の委任契約又は賃貸借契約と、建物の賃貸借契約との混合契約と解することができ、その主たるものは建物賃貸借にあるから、借家法の適用がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、(一)(3)の約定の点及び(五)は否認し、その余は認める。

2  同2は争う。

原告は、被告に対し、映画館営業の業務を委託したものであり、これが賃貸借契約にあたらないことは、以下の点から明らかである。

原告は、従前重要な営業種目として自ら映画館営業を行っていたところ、昭和四六年九月一日、大末に対し、映画館営業の業務と、これに付随する本件建物及び映写設備、従業員の全部を、いわゆる居抜きで引き継いだものであり、その後も昭和五〇年三月までは原告の従業員が本件建物における映画業務に従事していたし、また、原告は毎日の売上金を管理し、入場税、映画館興業組合費、火災保険料等を自ら支払っていたもので、このような関係はまさに業務委託契約であり、建物賃貸借契約では説明しえないものである。

また、昭和四六年九月から翌四七年一月までは原告の取得額は売上の四〇パーセントとされ、その後は定額に定められたが、その額は過去の売上を基準に算出されていたのであるから、原告もまた、営業による損失の危険を負担していたものというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1・2(ただし、被告が占有を始めた日を除く。)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告が原告に対し、本件建物についての賃借権を有するか否かについて、検討する。

1  抗弁1(一)ないし(四)の事実は、昭和四六年九月一日の契約における原告の取得額の点を除いては、当事者間に争いがない。

また、《証拠省略》によれば、

(一)  本件建物は、国鉄東京駅八重洲口構内の地下一階にあり、付近を乗降客が多数往来する場所に位置し、他の区画から独立した映画館の構造をなしているものであるところ、大末は、昭和四六年九月一日以降、それまで原告が映画館営業を行っていた本件建物とこれに設置された映画館用諸設備をそのまま引き継ぎ、これを使用して映画館営業を行うため、前記抗弁1(一)の契約を締結したが、昭和四七年に大末は、株式会社を設立してその営業を行うこととし、原告の役員にも設立発起人となってもらうなど、その援助をえて被告を設立し、その後は被告により右営業が行われ、現在に至っていること、

(二)  その間、大末及び被告は、原告から従業員を引き継ぎ(ただし、二名の従業員については、昭和四八年又は昭和五〇年まで原告との雇傭関係が続き、被告らにおいて、その費用を原告に支払っていた。)、これを雇傭してその賃金を支払い、その後もさらに新たな従業員を雇い入れるなどして、現在では一二名の従業員を雇傭して映画館営業を行っていること、

(三)  設備の改善等については、契約上は、双方協議のうえその費用の負担を定める旨の約定がなされていたが、現実には、原告代表者であった訴外奥三二の指示により、すべて大末又は被告が負担することとされ、被告は、観客用椅子の修理をはじめ、映写:音響設備等の修理・更新を行ってきたこと、

(四)  上映される映画の選定は、すべて大末又は被告の判断によって決定され、原告においてこれにつき指示を与える権限は契約上もなく、また、現実にも全く関与せず、大末又は被告は、当初、従来の原告の上映内容を踏襲して記録映画等を上映していたが、後に経営上の理由から自らの判断でいわゆる成人向け映画を上映するようになったこと、

(五)  被告及び大末は、契約の約定に従い、毎日の売上金を原告の銀行口座に振り込み、原告はこれを一〇日ごと(ただし、昭和四七年一月までは一週間ごと)に入場税(ただし、入場税は昭和五〇年ころからは適用されなくなった。)及び原告取得額を差し引いた残額を委託料として被告に支払っていたが、原告の取得額は、昭和四六年九月から昭和四七年一月までは売上額から入場税を控除した額の四〇パーセント(毎週おおむね一〇万円ないし二〇万円、平均一五万円程度。)であったが、同年二月以降は一か月九六万円に、その後は同年九月以降一か月八五万円、昭和四八年九月以降一か月一〇〇万円、昭和四九年九月以降一か月一二〇万円、昭和五二年九月以降一か月一四一万円にそれぞれ更新のたびに定額が定められ、これとは別途に、原告が株式会社国際観光会館に支払うべき本件建物を含む建物の賃料が増額されたことを理由として、原・被告間の合意により、昭和五一年四月以降は一五万七五〇〇円、昭和五三年七月以降は二五万一九五六円が被告から原告に対して支払われており、また、電話料、電気料、水道料、空調費については、約定に従って原告はこれを毎月被告に請求してその支払を受けていたこと、

(六)  原告は、自己の名義で、入場税を納付し、また、興業組合に加入してその組合費を支払っており、この関係においては、原告が従前からの営業を続けている形式がとられていたこと、

(七)  本件各契約は、原告と大末間において、その後、原告と被告間において、いずれも業務委託契約として締結され、更新されてきたこと、

以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右の事実によれば、原告は契約上本件建物における映画館営業に関し、その業務上の指示等の権限を有しておらず、現実にも右営業については被告が独自の計算において行ってきたものであり、原告は、被告から売上金の入金を受けたうえで、その取得額等を控除した残額を被告に支払うとの方法により、一定額の金銭を取得するが、その負うべき負担としては、その賃借する本件建物とその所有する映画館用諸設備を映画館営業のため被告に使用させることのほか、原告名義での入場税、興業組合費の支払等被告の本件建物における右営業を容易ならしめるための若干の負担を負っているにすぎず、これらの点に徴すると、原・被告間の契約は、営業委託契約との名目でなされているけれどもその実質は、本件建物及びこれに付属して設置された映画館営業用諸設備を被告が映画館営業のために使用収益し、原告がその対価的性質を有する一定の原告取得額を取得することを中心的な内容とするものであり、その主たる目的が本件建物の賃貸借にあることは明らかであるから、借家法の適用を受けるものと解すべく、同法の規定に照らして、昭和五五年八月三一日に期間が満了したからといって当然には契約は終了せず、他に終了事由について主張立証のない本件においては、その後は、期間の定めのない賃貸借としてなお継続しているものといわざるをえない。

なお、原告の雇傭した従業員が昭和五〇年まで営業に従事していたことは前記認定のとおりであるが、これは被告の営業に従事していた者の一部にすぎず、その後これを原告において補充したこともなかったことに徴して、前記判断の妨げとはならない。また、原告は、原告の取得額が当初は売上高の四〇パーセントであり、その後も過去の売上高を基準として合意がなされた旨主張するが、昭和四六年九月から昭和四七年一月まで原告が売上の四〇パーセントを取得していたことは前記認定のとおりであるが、その契約期間の途中である同年二月から八月までは、原告の取得額が一か月九五万円となり、しかもその額は、それまでの額(平均週一五万円程度)よりも大幅に高く、さらにこれが同年九月以降の契約においては一か月八五万円と約定されているところからすると、当初の契約において、原告の取得額が売上高に対する割合とする旨の合意がなされたものとは直ちに認め難いし、また、その後の契約においても過去の売上を基準として原告の取得額が定められたことを認めるに足りない。

三  以上の事実によれば、被告は賃借権に基づき本件建物を占有しているものと認められるので、原告主張のその余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉崎直彌 裁判官 萩尾保繁 佐村浩之)

<以下省略>

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